上場企業を辞めた東大生が月収20万円でもアジア勤務を選んだ理由

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良いものを長く使うことが大切である、っていうことに気付けるかどうか

投稿日:2009年4月26日 更新日:

いつからか新しいものに魅力を感じなくなった。
まだ使えるものに手を加えて、使い続けようと思う。

それは、一瞬の忍耐が必要なだけだ。
すぐに新しいものにとびつくのは、その一瞬の忍耐すら持ち得ない欲望のおぼれてる人間に思える。

それはなにより「消費しないこと」につながる。経済的に考えると、非常にお得である。

自分が大人になったからだろうか?いや、世間的に時流は間違いなく良いものを長く使い続ける方向へ向いている。

ユニクロの盛況について考えてみよう。
2009年の今、不景気が理由だとか言われてるが、人々は高級なブランド服を買いあさるのをやめ、みんなユニクロを買っているようだ。そううった消費傾向は、ブランドという付加価値を求めるのをやめ、単純に良いものを求めている結果じゃないだろうか。
安いからという理由だけでユニクロを買っているのではない。質がいいからみんな買っているのだ。
それでは、ブランドものの方が質がいいのに、矛盾してない?ということになるが、はっきり言って、ユニクロのちょっと上の層の服飾品の質と値段はまったく合致してないと思う。
もちろん、みんな釣り合ってないことに昔から気付いていて、ブランドという付加価値分の値段払ってブランド品を買っていたんだろうけど、それが間違い・・・というか、馬鹿らしいんだと気づいたんではなかろうか。
モノの真正なる価値を見極める賢い消費者が増えてきたって事だ。

つまり、安いもの・高いものじゃなくて、良いもの・悪いものという区別を、辛いけど頑張って消費者が選美眼凝らす時代になったのではないだろうか。
ユニクロは良いものである。

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100円ショップの存在について考えてみる。
私は、はっきりいって100円ショップなんてさっさとなくなれば良いと思う。
あれが台頭してきてから、世の中から長く使える良いものが消え失せた。
例えば、ほうき一つとっても(ほうきなんて使わないかもしれないけど)昔は、ちゃんと精巧につくられてちゃんと機能するものが売られており、家庭にもそれが存在した。
今は、どうだろう。家庭のほとんどのものは100円ショップのガラクタに置き換わった。それらは非常にデザインも悪いし、使いにくいし、何より、すぐにゴミになる。
わかると思うけど、もちろん資源の無駄である。商業主義の影のひとつだ。

なにしろ、100円でもいいと割り切られてしまったモノ(仕分け容器とかファイルとかその類)は、もはや100円ショップのモノしか選択肢がない。ブラックバスの生態系の破壊並みに、100円ショップは質の高い、日本の工業製品を駆逐したと思う。
そのせいで、手作業で造った良いほうきとか、ハサミとか、そういったものは物流の流れから消えてしまった。
ああいう良いものを造っている生産者にお金が廻らない仕組みになってしまった。
悲しい。

そのせいでどんだけの手工業や良いものが絶滅しただろう。あの丁寧な品は10年も20年も持つのだ。ああいった製品を使うことが、人間の幸せにも直結してると思うのだが、SHARPとかSONYの商業主義の前には、届かないんだろうなあ。
電気製品だって、昔のものはデザインも丈夫さも兼ね備えていた。

100円ショップを駆逐して、古い製品を修理したりする機会を増やすべきだよね。
建築も都市も同じだ。日本は何でも壊しすぎ。きっと”保存脳”が育っていないんだろう。

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