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ぼくは怖くない(親の生き方は絶対に子供に影響する)

投稿日:2006年2月1日 更新日:

題名どおりこの映画は最期まで”ぼく”の物語

ぼくは怖くない

原題 IO NON HO PAURA
イタリア語の原題でもぼくは怖くないなんだな。

そう、題名どおりこの映画は最期まで”ぼく”の物語である。
イタリアの片田舎、10歳の少年の視線でドラマが展開するのだ。

10歳といったら、わずか10歳なんて表現されるだろうか。
映画では主人公ミケーネのわりとしっかりした姿も描かれる。
妹のわがままっぷりにふりまわされても、しっかりと責任もってみてあげて
限られた友人の中でも、相手を選んで付き合うことにしたり
しっかりと生き抜くお兄ちゃんタイプだ。

 

少年の純粋な期待と夢、希望からくるエネルギー

そんな日々戦う少年は見てて応援したくなってくる。
これは歓心だろうか。
違うと思う。誰しもが持ちえていただろう少年時代の盲目な求心力、
純粋な期待と夢、希望からくるエネルギーみたいなものを
キラキラと光らせているからだろう。
それがとても見るものの心に反射して、
それが消えてしまわないように、そっと守ってあげたくなるのだ。

それはもちろんフィリポの事件で魅せてくれる。

 

少年にとっては、自分の生きる世界全部が犯人だった

あの穴の中には何が居るんだろうか。
穴、というものを見せられたら誰しも中はどうなっているんだろうか。
と知りたくなる。
少年が居た。この登場シーンははっきりいって怖い。
少年フィリポが登場しても謎は依然として深いままである。
それが解き明かされていくのがこの映画のおもしろいところだろう。

 

謎は壮大だった。
犯人は親だったのだ。
少年にとっては、自分の生きる世界全部が犯人だったといえる。
ちょうど親と分岐した自分自身の倫理観が芽生えた。
一人の世界を作り上げようと、始めた時期である。
実にやるせない。

子供の権利を守ろう。
そんな機関があるね。
子供は親にとって生かされている以上、ある程度親の絶対権力の元に置かれているのだ。
だから子供の権力は踏みにじられがちである。
ミケーネの生きる環境なんて特にそうだ。
子供は親にしたがっていればいい、というような。

しかし、思春期に必ず誰もが経験する、
自分は親とは違うんだと、子供と親は違う、違う倫理観で生きているんだと、
いう叫び。
それをミケーネはやってくれたのだ、と思う。

そんなミケーネの勇気は親の目を覚まさせる…
という感動的ラスト。

 

親の生き方は絶対に子供に影響する

しかしみんなミケーネのように強いだろうか。
少年ゆえの純粋な突進力はいつもそうやって打ち勝つことができるのだろうか。
そうは思わない。
だからこそ、この親は最低だ。
親の生き方は絶対に子供に影響する。

僕も10歳いや、高校生くらいまでは思っていた。
自分は親とは違うんだと、子供と親は違う、違う倫理観で生きているんだ。
それを過ぎるとどうだろう。二十歳の僕は
自分は親にもルーツがある。育ってきた、関ってきた全てのものにルーツがあるんだ。
と思うのだ。
どちらも正しいと思う。
だが、どちらも正しいがゆえの辛い嫌な部分を受け止めるのは苦しいことだから、
受け止める前に壊れてしまう人が多いと思うから、
親には子供のカガミとして生きてほしいのだ。

ずいぶん子供視点の話だが。
子供しか経験したことないしね。

 

はっきりいって映画の記憶が薄いので
話がずれてしまったが、
少年の心を汲み取ったいい映画だったなと実感する。

 

 

 

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